メタンハイドレート その他 2013年09月21日 反原発の方に朗報!自前エネルギーメタンハイドレート。石油や石炭に比べ燃焼時の二酸化炭素排出量がおよそ半分であるため、地球温暖化対策としても有効な新エネルギー源であるとされる。日本は資源がないと言われていたが実は日本近海に燃える氷と言われているメタンハイドレートが沢山あるというのです。しかしこの自前エネルギーを実用化するにはいろいろな壁があるようです。その問題とは国際問題や既得権益など技術的な問題ではないのです。調査するに当たり太平洋側では予算が出ているが日本側では殆ど予算が出ないと言うのだ。しかし太平洋側より日本海側の方が採りやすくピュアなメタハイが多い。リンクの動画は関西のアンカーという番組だがわりとすぐ消されてしまうので続きがないがこれだけでもある程度わかります。 PR
新エネルギー その他 2013年09月20日 前のブログにも書きましたが今回も原発に関わるお話です。原発反対、賛成いろいろな意見がある中現実問題として貿易収支14ヶ月連続で赤字になっており過去最高とならんでしまいました。この件に大きく関連して現在火力発電をフル稼働しておりそれを知って原油や天然ガスの値段を足元を見て吊り上げられていると言う事も原因にあります。お金より命が大事だと言うのもわかりますが世の中経済苦で命を絶つ人もいます。これも感情論だけでは片付かない問題です。そこで新しい自前のエネルギーに目を向けてみたいと思います。みなさんはメタンハイドレートと言う言葉を聞いたことはないでしょうか?次回、メタンハイドレートについてお話したいと思います。
大飯原発 その他 2013年09月18日 9月15日に現在稼働中の大飯原発も活断層の調査の為停止された。これで今現在動いてる原発は0になった。東日本大震災後よく反原発、脱原発が叫ばれるようになり反対派、賛成派に分かれてる。これもイデオロギーによるもので右派が原発再稼動派、左派が反原発派に分かれているといった印象です。もちろん右左関係ない人もおられますが・・・まっすぐ真ん中から見ようと私は心がけますがこちらを立てればあちらが立たずみんなが納得できる答えを出す事は出来ないと思います。反原発の人が原発が動いていない状態でも問題はなかったと言う人がいますが夏節電によって熱中症で亡くなった方が節電の呼びかけのなかった夏に比べてどうなのかなど検証の余地はあるかもしれません。しかしながら原発によって出る廃棄物の処理も大きな問題となっております。よくトイレがないと言われますが実際は技術的に処理する事は可能であるが受け入れてくれる所がないので実質は不可能である。原発は事故に遭ってなくても水で冷やし続けなくてはならずこの汚染水を海や川に廃棄している事も考えなくてはいけない。最近汚染水漏れのニュースが多いが事故に遭っていなくても汚染水を垂れ流しているのである。しかしながら「放射性物質が入っている水を海に捨てるなんてダメだ!」と感情論だけで話すのではなくこの汚染水(処理水)が危険かどうかも国際基準で考えなくてはいけない。原発に替わる代替エネルギーでガスタービンコンバインサイクル(GTCC)が注目されていますがもしGTCCで置き換える事が出来るのであれば個人的にはさっさと変えたらいいと思う。GTCCについては各自お調べください。共産党や山本太郎氏のように今すぐ廃炉はちょっと極端な気もしますが近いうちに原発に替わるエネルギーが出来るのは歴史の必然と言えるかもしれません。
イプシロン その他 2013年09月15日 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の新型ロケット「イプシロン」初号機が、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所を飛び立ち、搭載した惑星観測衛星「スプリントA」を予定の軌道に投入した。打ち上げ成功してなによりです。前回は警告アラームが鳴り打ち上げが出来ませんでした。見に来ていた人にとっては残念な結果でしたが今回は無事に打ち上げ成功しました。前回の打ち上げ失敗をやたら批判していたニュースや報道番組があったんですが私に言わせればあれを失敗というのは大袈裟。ちゃんと警告アラームが作動している時点でしっかり安全機能が働いている証拠です素晴らしい!素晴らしいは言い過ぎかも知れませんが失敗とは警告装置も作動せずそのまま打ち上げ途中で爆発し人身事故になるようなことを失敗と言うと思うのですが・・・バラエティー路線の報道番組では結構辛口の評論をしていてちょっと気になりました。失敗や思はぬ不具合を乗り越えて人類は成長していくものだとそのような論調なら違和感を感じなかったのですが。
イーゴス108 その他 2013年09月12日 みなさんはご存知でしょうか?イーゴス108と言う観覧車。10年ほど前に滋賀県に行った時すでに廃墟遊園地だったのですがこの観覧車は遠く離れた場所からもよく見えて、近くで見たら迫力満点でした。当時撮った写真があったんですがどこに行ったのか分からなくなってしまいました・・・この観覧車をベトナムに持って行きベトナムでもう一稼ぎするとのことで解体作業が開始されました。ちょっとなつかしくちょっと寂しい気分です。